第11話 / 攻防

「ちょっと...」。見ると声の主は深谷さんだった。「俺はここにいるから...」。すると間髪入れず小木曽さんが尋ねる。「あれ、深谷さん、高いところ駄目なの?」。「いや、そういうわけじゃないんだけれど...」。深谷さんは平静を装うが、いかんせん声のトーンも表情もいつもと違う。相手の弱点を握った喜びを隠しきれないといった感じの笑顔で小木曽さんは続ける。「深谷さん、高いところ駄目なの。ほんとうに高いところが駄目なんじゃあ、上にのぼらん方がいいかもしれんねえ」。自らの優位をかみしめるかのような口調だ。

「いや、高いところは別にかまわないんだけどね...」。深谷さんはなおも抵抗を試みる。しかしこの場での小木曽さんの優位は誰の目にも明らかだ。だがそこは深谷さんも承知のこと。小木曽さんにそれ以上の追撃の暇をあたえず、「じゃあ、俺はそこでオリンピックでも見てるから」と言い残して、その場を離れてしまった。そのすばやさにあっけにとられる私たちを背に、深谷さんは自動販売機でジュースを買い、「2階」の中央に置いてあるテレビの前にすわってしまった。ここであわてた素振りを見せては負けとばかりに、ことさらゆっくりとした動きで。

人生の先輩たる二人のこの攻防を前にして、斎藤さん、山本君、そして私の三人は、何もすることができなかった。相手の弱点を見るや攻撃をたたみかける小木曽さん。そしてそれをきわどくかわす深谷さん。両者の息づまる駆け引きは我々三人に、まだ人生に学ぶべきことが多いことを感じさせた。