第23話 / 経験

お風呂に入る支度をしながら「和泉さん、まだ来ていないみたいですね」と山本君。「遅れて来るのはかまわないけど、いつ頃になるかくらい連絡すればいいのに」と斎藤さんが言う。すると小木曽さんが追い打ちをかける。「まったく彼は団体行動ができないんだから」。

ところがその小木曽さんが突然、「みんな、先にお風呂に入ってていいよ。僕はもう少し『競馬ファン』を捜してくるから」と言い残し、そのまま宿から出ていってしまった。その突然の行動にしばらくあっけにとられていた私たちだが、やがて誰からともなくお風呂の方へと向かっていった。

碧山荘のお風呂は離れにあって、渡り廊下を通るとき向かいのグランドホテルが正面に見える。おそらく向こうからもここが見えるのだろうなと思うと、なぜか急ぎ足になってしまう。湯舟は3人がつかれる程度の大きさで、決して大きくはないが、寮の風呂に比べるとさすがにきれいだ。

最初に湯舟につかろうとした斎藤さん、足を入れるが早いかいきなり声を上げた。「熱い」。私もお湯に手をひたしてみるが、なるほどこれは熱い。そこで深谷さんと私は先に体を洗い、斎藤さんはというと、水道の蛇口を全開にしてそのそばに恐る恐る体をつけていく。

体を洗い終わる頃になっても、依然として斎藤さんの熱そうな格好は変わらない。これじゃあしばらく入れそうにない。そう思ったとき、斎藤さんがまた声を上げた。「あ、何だ。ここのお湯を止めればいいのか」。そう、実はお湯の方も目一杯出しつづけていたのである。これではいつまでたってもお湯は熱いままだ。

こうして何とか湯舟につかれるくらいになったころ山本君が入ってきた。前にここに泊まっている彼は、ここのお風呂は全員が一度に入るには狭いと考えて、少し遅れてやってきたのだ。結果的に山本君は最良の行動をとったことになる。やはり何事においても経験は重要である。