第26話 / すき焼き

「このまま待っていても仕方ないから食べよう。和泉もそのうち来るだろう」。30分ほど待ってから斎藤さんがこう言うと、みんなそのきっかけを待ってたという感じで同意した。

碧山荘の夕食は小木曽さんご推薦のすき焼きだ。用意された鍋はふたつで、ひとつを深谷さん、小木曽さん、私、もうひとつを斎藤さん、山本君で囲んだ。この組み合せは絶妙というか何というか、見事に対照的な鍋を出現させた。

ふだん家でやっているという山本君と、鍋の美学を追求する斎藤さんが作る美しいすき焼き。一方、不器用でしかも大雑把な私と、後のことを考えるよりも先に動いてしまう小木曽さん、それに一見冷静なようで実は衝動的な部分を持つ深谷さんが作る不細工なすき焼き。同じ素材からかくも大きな差が生まれるものなのかと奇妙な感動を覚えるほどであった。

「なに、味は変わりはしないよ」とは深谷さんの言。確かに、空腹をこらえていたためか、あるいは素材が良かったからか、いい加減に作ったわりにはおいしく食べられた。しかし和泉さんの食べる分を見込んで頼んでいた肉の量を平らげることは容易ではない。最初はおいしく食べていたのだが、やがて残っている肉の量に嫌気がさしはじめる。

食べる方が一段落したころまた宿のおばさんがやってきて、鍋を片づけるかどうかをたずねた。「でもまだひとり来てないんですよね」。こう斎藤さんが答えたあと、今度はおばさんもいっしょになっての和泉さんへの非難がまたひとしきり続いた。結局もう少しだけ待つということにして、おばさんが部屋から出ていった。やれやれという表情で私たちが顔を見合わせていると、出ていったばかりのおばさんが急ぎ足で部屋に戻ってきた。