第56話 / allegro

「カレーといえば、昨日はラーメンじゃなくてカレーにすれば良かったね」。深谷さんがこう言うと、「え、それって何の話ですか」と和泉さんが尋ねる。そこで私たちは代わる代わる和泉さんに対して、昨日金龍ラーメンを食べたいきさつを話してきかせた。すると和泉さんが「じゃあみなさん、このあとその自由軒にカレーを食べにいきませんか」と言う。だが時間が時間だし、だれもその言葉をまともにとりあげることはしなかった。「食いたきゃ和泉一人で食ってこいよ」。斎藤さんはいつもの通りそっけない対応をとる。「これからカレーを食べるって、ここでカレーを食べてしまった僕はどうなるの」。小木曽さんも苦笑しながら答える。和泉さんも重ねてカレーを食べることを主張しなかったし、カレーの話はこれでおさまったかに思えた。

さて、そのあと二日間のできごとを振り返るなどひとしきりの雑談が終わると、私たちは喫茶店を後にした。まだ電車の時間には少し早いが、ばたばたするよりもいいだろうということで、私たちは近鉄難波駅に直行することにした。難波駅への道は昨日から何度も通っているのであるが、これが最後かと思うと多少の感慨も生じる。「ほら、そこが自由軒だよ」。深谷さんが指を差す。すると和泉さんはぴたりと足を止めて言った。「みなさん、どうです。カレー食べませんか」。和泉さんはカレーをあきらめたわけではないらしい。斎藤さんと小木曽さんが前と同じような反応を示したが、今度は和泉さんは引き下がらない。「みなさん食べましょうよ。お金は僕が出しますから」。

どうやら和泉さんは本気でカレーを食べようとしているらしい。それがわかると小木曽さんも真剣に抵抗する。「もう時間もないし、お店も込んでいるようだから、また次の機会ということにしましょ」。「いや、まだ大丈夫ですよ」。しばらく店の前でこんなやりとりがあったが、最後は6人がすぐに入れるようだったら入ろうということで妥協が成立した。和泉さんの食べ物に対する思いの前には、さすがの小木曽さんも屈するほかなかった。

それじゃあといって深谷さんが店の中をのぞくと、6人なんとか座れそうだとのこと。意気揚々と歩く和泉さんと、仕方ないという表情の小木曽さんの対照を楽しみながら、ほかの4人も店の中に入っていった。