第58話 / 批評

この自由軒の名物カレーというのは普通のカレーと違って、はじめからごはんとカレーがまぜあわされていて、その上に生卵を落としている。テレビ等で紹介されることも少なくないから、ご存知の方も多いだろう。

余談だが自由軒では普通のカレーも売っていて、名物カレーと区別して「別カレー」と呼ぶらしい。ついでにいうと店のおばさんたちは名物カレーの注文を受けると、厨房に「インディアンカレー」と伝える。これこそ本場インドのカレーだと言いたいのだろうか。しかしインドでは決してあのようなごはんの食べ方はしないらしい。私が福岡天神のナーナクで一緒にごはんを食べたインド史の第一人者である辛島昇先生の話を聞く限りはそうである。

このあたりのネーミングのセンスをみんなで楽しんでいると、やがて件の名物カレーがやってきた。生卵のまぜかたに作法でもあるのだろうかなどと余計なことを考えていたら、隣に座っていた小木曽さんが、「一口だけちょっといいかな」と言う。「あ、どうぞ」と答えると、小木曽さんはスプーンいっぱいに私のカレーをとって串カツの皿にのせる。そしてカレーをまぜているのかつぶしているのかよくわからない動作をしながら少しずつ食べていく。一口食べるごとに、「ふうん、こういうものか」、「まあ、ふつうのカレーだわね」などと批評を加える。それを食べ終わると、今度は反対側に座っている深谷さんの方に向かって、「ちょっといいかな」と言って深谷さんのカレーを自分の皿の上に持ってくる。そしてカレーをつぶしながら口に運んでは批評していく。

こうした小木曽さんの行動を遠目にながめている店のおばさんの姿が印象的だった。はたしてどういう心境でその様子をみていたのだろう。それを知ってか知らずか、小木曽さんはカレー批評を続けるのだった。