最終話 / やがて来る春

一人になった私は社宅の脇の坂道をとぼとぼと登っていく。ここの道に積もった雪は相当踏み固められていて、これまで以上に歩きにくい。私は知多寮に帰るのにこの道を選んでしまったことを後悔した。しかしいまさら引き返すのは面倒だし、こんな坂道を下るのは登る以上におっかない。私は気をとりなおして再び坂道を登りはじめた。

歩いていくうちに、私の頭の中に2日間のできごとがよみがえってくる。6人のやりとりを思い出すたびに笑いがこみ上げてくるのをこらえる。そうしてふと積もった雪に目を転じたとき、思わず口をついて出た歌があった。

いつか雪が降り始めて
紛れそうな言葉
いつも君は笑いながら
どんなことも許すから

やさしすぎて寂しすぎる

いつか雪が降り積もって
今日も町を包む
どんな過ちも静かに
白く埋めてしまうけど

僕が投げた言葉だけは
どうぞまだ消さないで

この2日間のできごとも、やがては記憶の底に埋もれてしまうのだろうか。今度の雪が町中を白く覆ってしまったように。雪はやがて溶けてしまうが、埋もれた記憶は簡単には戻らない。またできごとは思い出せたとしても、はたして体験したときの感動までもがよみがえるだろうか。楽しい思い出を振り返りながらも一抹の寂しさを感じつつ、歌の続きを口ずさむ。

やがて来る春が辛すぎたりしないように
雪溶けの前に君に謝りたいだから
降りそそぐ春が君と僕を包むように
雪溶けの前にきっと会いにゆくよだから

このとき私ははたと思った。よし、この2日間のできごとを記録に残そう、と。雪に包まれたままの新鮮な感動を自分なりに表現しよう。埋もれた記憶を取り戻そうとしたとき落胆することのないように。今の素直な気持ちを文字にしよう。やがて来る春にも今と同じ感動が得られるように。

そういう考えが浮かぶと、私はにわかに速足になった。自分の今の思いを一刻も早く形にしたいという思いが私の頭の中を支配した。寮に着いて部屋に戻った私は荷物を放り出すと、さっそくパソコンの電源を入れてエディタを立ち上げた。最初のタイトルを打ち込むのにためらいはなかった。

タイトルを打ち込むと私は少し落ち着いた。そしてゆっくりと2日前からのことを振り返り始めた。この物語はここに始まり、ここで幕を閉じる。