第49話 / 昼食

私たちが入り込んだ脇道からようやくもとの道にもどろうとする手前に一件のお好み焼き屋があった。ここも決して目立つ場所ではなかったが、これまでのいきさつからあまり期待しないで中をのぞいてみると、どうにか6人が座れるくらいの空席が見つかった。これ以上歩き回るのも面倒だし、ここで昼食をとることにした。 私たちは3人ずつふたつのテーブルに分かれて座った。私は小木曽さん・和泉さんと座り、3人でメニューをのぞき込んでいた。すると隣のテーブルから斎藤さんが声をかけてくる。「トン君、牡蛎焼きどう?おごったげるよ」。私が前の週に牡蛎にあたっていることを知っていながら、まったく意地が悪い。私は苦笑して答えに代えた。 結局、私たちのテーブルの3人はみんなモダン焼きを頼むことにした。個人的にお好み焼きにそばが入っていないと何か物足りない。余談だが、広島でお好み焼きを頼むときは、そば肉玉ダブルというのが基本型だ。 テーブルにはそれぞれ鉄板がついていて、お店の人が各テーブルにやってきてお好み焼きを焼いていく。そのうち私たちのテーブルにもお店の人がやってきた。

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第50話 / あこがれ

私はお好み焼き屋に行くと、お店の人がお好み焼きを焼く様子に見入ってしまう。その姿は子供のときからあきるほど見ているものなのに、今でもしげしげと見つめてしまう。その鮮やかな手さばきを何ごともないようにこなす姿へのあこがれは、あるいは自分の不器用さからくるものなのかもしれない。この店の人の焼き方も見事で、一通りの作業が終わった後で「ではこちらが良いというまで待っていてください」と言われると、「ははっ、おっしゃる通りにいたします」という気分にすらなる。 店の人の合図でソースに青のり、鰹節をまぶす。ソースの焼けるにおいがいやがうえにも食欲をそそる。さっそくこてを手に取ってお好み焼きを食べる。おいしい。やはりお好み焼きはお好み焼き。広島風であろうと関西風であろうとおいしいものはおいしい。 私と小木曽さん、和泉さんは、ビールを飲み、お好み焼きを食べながら競馬談義に花を咲かせる。和泉さんは馬券を買うより、馬を持つことの方に興味があると言う。そこで自然に共同馬主クラブの方へと話題が移る。小木曽さんは「でも1/100の権利じゃなあ」と言う。すると和泉さん、「でもダービーを勝てば1/100でも130万円ですよ。やっぱりこういう夢を持たなくちゃ」。「うーん、でもなあ」。

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第51話 / WINS

お好み焼き屋を出た私たちはWINS道頓堀へと向かう。道すがら食べたお好み焼きについての感想を語り合っていると、斎藤さん、「あっ、そうだ、ねぎ焼きを食べれば良かった」。しかし今ごろ思いついたところでどうすることができるわけでもなく、私たちはまあまあという感じでWINSへの道のりを歩き続けた。 WINSへたどりつく途中に「大たこ」というたこ焼きの屋台があった。この屋台は大阪に来る以前より話に出ていたのだが、昨日はあまりに長い行列ができていたのでこれに並ぶのは面倒だし、時間もかかるので次の機会にしようということにして通り過ぎていた。しかしこの天候ならば並んでいる人も少ないかもしれないかもしれない。そう期待していたのだが、残念ながら若干行列が短いかなという程度でしかなかった。そこで「大たこ」はあきらめてWINSに直行しようと思ったのだが、山本君が言う。「僕が並びます。みなさん先に行っていてください」。彼はどうやら馬券を買うことよりも、たこ焼きを食べることの方が気になるらしい。しかし当り馬券を抱えている深谷さんらは早く払い戻しがしたいし、さりとて山本君をこの寒空の中待たせておくのも悪かろうということで、結局、たこ焼きはここではあきらめることにした。

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第52話 / 背水

私は和泉さんと一緒に新聞を買い、禁煙である最上階に行く。ところが和泉さん、ここまで来ていながら遊ぶためのお金がないという。最初のレースで外してしまうと、もう帰りの電車賃すら危なくなるとか。おのずと新聞を見ながらの検討にも熱がこもる。 一方、私はというと、新聞は出走馬の確認程度で、あとは場内テレビに写るパドックの様子をじっと見つめる。ただWINSのテレビはすべての馬を一回ずつでも見られれば良い方で、払い戻し金の発表やつまらないCMなどのためにすべての馬を見ることができないことも少なくない。だから私はふだんWINSで馬券を検討することはほとんどなく、今回のような買い方は久しぶりの機会となる。 そのためかどうかはわからないが、馬券の成績ははかばかしくない。お得意の複勝が時々当たるくらいで、肝心の勝ち馬の予想はさっぱりだ。それとは対照的に和泉さんは着実に馬券を的中させていく。びっくりするような大穴こそないものの、少ない点数で堅実に資金を増やす。崖っぷちで勝負をしているだけに私とはさすがに集中力が違う。

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第53話 / 収支

私と和泉さんが次のレースについての展望などを話していると、ふらりと斎藤さんがやってきた。「どう、調子は」。斎藤さんは私たちの顔を見るなり聞いてきた。「いやぁ、まあまあですよ」。結構当てているはずなのに、和泉さんの答えは控え目だ。「なかなか高笑いという訳にはいきませんね」。「ふーん」。心なしか斎藤さんの和泉さんを見る目がうらやましげだ。 実は斎藤さん、このころ連敗街道を突き進んでいて、とにかく馬券が当たらない状況にあったらしい。この連敗は春の中京でごひいきのヤマニンの馬が勝つまで続く。しかしこのときはそうした状況を知る由もない。やはり勝者と敗者はWINSでは共存できないのだろうか、やがて斎藤さんは私たちの前から姿を消していった。 さてそうするうちに迎えた小倉のメインレースが人気サイドでおさまったとき、私の馬券は紙屑となり、トータルの収支はマイナスに転じた。一方の和泉さんはこのレースもきちんと押さえ、見事にトータルでもプラスを計上したらしい。和泉さんには喜びというよりも安堵の表情がうかがえた。 和泉さんが払い戻しをすませるのを待って、私たちは決められた集合場所に向かった。集合場所にはあっさり全員がそろい、皆でその日の成績を話してみると、プラスで終わったのは和泉さんだけのようだ。やはり賭事はある程度のリスクを背負わなければ勝てないのかもしれない。

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第54話 / intermission

WINSを出た私たちは、そのあたりをぶらぶらと歩きながら、このあとの行動について話し合った。帰りの電車は6時に難波を出るが、それまでにまだ2時間ほど時間がある。とはいえぎりぎりに駅に行くというわけにもいかないから、なんとも中途半端な時間だ。どうしたものかなかなか妙案が出てこない。にもかかわらずあてもなく6人は難波界隈を歩いていく。 そうするうちに昨日から何度も通っている「大たこ」の前にやってきた。相変わらず長い行列ができている。まったくこの寒い中を物好きな人が多いものだ。山本君はまだたこ焼きをあきらめきれない様子だったが、年をとると空腹よりも寒さの方が身にしみる。先を急ぐ年長者に屈する形で、山本君もほかのメンバーにしたがって「大たこ」の前を通り過ぎた。 しかしこのあとの予定は依然として立たない。結局、外は寒いし、このまま歩いていてもしかたないから、適当に喫茶店にでも入って時間をつぶすことにした。そう決まるが早いか、最初に目についた喫茶店に6人が吸い寄せられていく。店の前の陳列ケースをのぞいて、大体の値段を把握して私たちは店の中に入った。このとき小木曽さんが会心の発見をしたことを私たちは知る由もなかった。が、そのことがあとでちょっとした不幸を招こうとは、さすがの小木曽さんも見通すことはできなかった。

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第55話 / overture

喫茶店の中に入った私たちはもう一度メニューを開いて、各々がお目当てのものを確認し、一人一人が注文していく。斎藤さんと私がコーヒーを、山本君がアイスコーヒーをたのむ。そのあと深谷さんと和泉さんはケーキセットを注文したのだが、このとき小木曽さんが二人の方を見てふっとほくそ笑んだ。一体その笑みが何を意味するのか不思議に思うあいだに小木曽さんが注文したものは何とカレーライスだった。 「小木曽さん、カレーなんか食べるの」。斎藤さんが尋ねる。「いやあ、おなかすいてきたし、それにさっき値段を見たら、これがコーヒーと同じだったんだわ。それならカレー食べた方が得だと思って」。「え、そうだったんですか。しまったなあ。何で小木曽さん先に言ってくれないですか」。和泉さんが悔しそうに言う。 さてそのうち注文したものが次々にテーブルに運ばれてくるが、小木曽さんのカレーライスだけがなかなかやってこない。しかし小木曽さんの表情には余裕すらうかがえる。この場でカレーを注文し、周囲を驚かせたこと自体が小木曽さんを満足させているのだろうか。やがてカレーライスが小木曽さんに置かれると、和泉さんがうらやましげなまなざしを向ける。それは小木曽さんの満足をいっそうふくらませたようだ。しかし事態はこのあと小木曽さんの予想していなかった方向へと進み始める。

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第56話 / allegro

「カレーといえば、昨日はラーメンじゃなくてカレーにすれば良かったね」。深谷さんがこう言うと、「え、それって何の話ですか」と和泉さんが尋ねる。そこで私たちは代わる代わる和泉さんに対して、昨日金龍ラーメンを食べたいきさつを話してきかせた。すると和泉さんが「じゃあみなさん、このあとその自由軒にカレーを食べにいきませんか」と言う。だが時間が時間だし、だれもその言葉をまともにとりあげることはしなかった。「食いたきゃ和泉一人で食ってこいよ」。斎藤さんはいつもの通りそっけない対応をとる。「これからカレーを食べるって、ここでカレーを食べてしまった僕はどうなるの」。小木曽さんも苦笑しながら答える。和泉さんも重ねてカレーを食べることを主張しなかったし、カレーの話はこれでおさまったかに思えた。

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第57話 / scherzo

自由軒は狭いスペースに粗末なテーブルとイスが窮屈に並ぶ、このあたりによくある小汚い店だ。そのくせ客はそこそこ入っている。繁盛しているのならもうすこし店をきれいにすれば良いのに。そんなことを思いながら、私たちはわずかに空いた隙間を埋めるように席に座った。 するとすぐに店のおばさんが注文を聞きにくる。といっても私たちのたのむものは最初から決まっている。問題は小木曽さんがどうするかであり、私たちの視線はおのずと小木曽さんの方へと向けられた。「みなさん、カレーを食べてください。私は別に何かたのみます」。この小木曽さんの言葉を受けて、深谷さんが「じゃあ名物カレー5つ」とおばさんに言う。 それにしてもカレーの話が出るや深谷さんの積極的な動きが目につく。そういえば自由軒の話を持ち出したのも深谷さんだったような気がする。ひょっとするとカレーを食べたかったのは、和泉さん以上に深谷さんだったのかもしれない。 深谷さんに続いて小木曽さんが言う。「それとビールの小瓶に串カツ」。すると店のおばさん、不満そうな顔で「え、カレー食べないの」と聞き返す。「いやあ、おなかいっぱいなんだわ」。じゃあなんで串カツなんぞたのむんだ、といわんばかりの表情でおばさんはもう一度言う。「本当にカレー食べないの」。「いやあほんと、もう食べられんのだわ」。こう言われておばさんもしぶしぶ引き下がる。

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第58話 / 批評

この自由軒の名物カレーというのは普通のカレーと違って、はじめからごはんとカレーがまぜあわされていて、その上に生卵を落としている。テレビ等で紹介されることも少なくないから、ご存知の方も多いだろう。 余談だが自由軒では普通のカレーも売っていて、名物カレーと区別して「別カレー」と呼ぶらしい。ついでにいうと店のおばさんたちは名物カレーの注文を受けると、厨房に「インディアンカレー」と伝える。これこそ本場インドのカレーだと言いたいのだろうか。しかしインドでは決してあのようなごはんの食べ方はしないらしい。私が福岡天神のナーナクで一緒にごはんを食べたインド史の第一人者である辛島昇先生の話を聞く限りはそうである。

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